【 オーダーメイドの指輪を作る過程 】
原型で模様部分の凹みをV字の溝にしたタガネ彫り風の模様リングを数種類作りました。
地金になってから溝をタガネでなぞることで手彫りの指輪と同じ見た目にすることもできます。
・月桂樹模様 2種
・麦の穂模様
・ハワイアン模様
・麻の葉模様
・彫り留め
の合計6種類とそのアレンジ例をまとめて作ったので今回はこのサンプルについて書いていきます。
タガネ彫り風模様リングを作ろうと思ったきっかけ
前回の「客注ハワイアン彫りリング」ではお客様の書いたデザイン画をハワイアン彫りで作りました。
お店のオープン時から用意している当店のハワイアン彫りは4種類から選ぶセミオーダーです。
他のマリッジリングと違い、この指輪だけは彫り部分を外部の職人さんに依頼するので、前回はお客様の描いたデザイン画を持ち込んで加工の可・不可、納期、金額を聞いてからお見積りをお出ししました。
お客様には画像のような3Dデザイン画を送り、お客様の描いたデザイン画で加工できない場合は「樹脂原型で造形、地金になってからタガネで彫りを入れることで対応します」とお伝えしていました。
ハワイアン彫りは専用工具が必要で今後もデザイン画を持ち込みでオリジナル模様をご希望の場合は彫り職人さんに聞きに行くことになります。
これがもし、今回提案した樹脂原型を地金になってからタガネでなぞるだけなら技術的に難しくいので自分でもできる事、完成品はイメージと違う場合があるというオーダーによくある誤差も防ぐことができるます。今後同じような注文が入る場合を考えてタガネ彫り風のサンプルを作っておくことにしました。
地金の指輪に図柄などを彫る方法はレーザー彫りと手彫りの2つがあります。
左上の世界地図模様はレーザーで彫るので溝の部分は垂直に凹みます。
それに対して手彫りは鏨(タガネ)と呼ばれる刃物で地金表面を削るので溝の部分はV字になります。
同じ模様でも比較するとレーザー彫りの溝は艶消しでスッキリとした印象、手彫りの溝は鏡面で立体的な印象です。
写真の指輪は通常は地金の指輪にレーザー刻印で入れる模様をCADと呼ばれるデジタル技法で樹脂原型の段階で模様を入れています。
原型の段階で模様を入れておくことでレーザー刻印と違い、追加料金もかかりません。
上のレーザー刻印風と同じように洋彫り、和彫りのどちらかに決めず、模様の定番、気になったデザインとして
・月桂樹模様 2種
・麦の穂模様
・ハワイアン模様
・麻の葉模様
・彫り留め
のサンプルをまとめて作ることにしました。
原型は彫り風以外の他のサンプルも一緒にサイズは16号の半分作って作っています。
樹脂原型からWAXパターンを取り出し、
WAXで同じ形をつなげて1本の指輪にして
地金で鋳造に出します。
これで仕上げてメッキをして6型のメンズとレディース、アレンジ例なども含めて約30本ほどのサンプルをまとめて作りました。
CADで彫り風模様を作る場合の注意点
この指輪は彫り風模様をどちらもバレル研磨後に仕上げたものです。
バレル研磨は細かいステンレスの針を洗濯機のように回転させて表面を光らせる方法で、細かい部分を光らせることができます。
試した結果、このバレルでも0.3㎜幅の溝は艶消しのままで光らせることができませんでした。
ほかには電解研磨という方法でバレルが届かない部分を光らせることができます。ただし、これは金だけでプラチナや他の素材ではできません。
リューターに真鍮ブラシ、研磨剤をつけたブラシも試しましたが彫りの角を丸くしてしまいます。
やはり鏨で彫り直すしか溝の中をを光らせる方法がありませんでした。
鏨では彫った部分の形も多少崩れます。受注した場合は追加料金も必要となります。
バレルをかけてもレーザーで模様を彫った場合と同じように溝の中は艶消し状態のままなので、当初の予定していた「鏨で溝を彫り直す」という追加をなくしてCADで彫り風模様を作ると溝の中は未処理で艶消し状態のままということにしました。
HPには書きませんが「鏨で溝を彫り直す」のご依頼があった場合は追加料金を頂いて説明する予定です。
HPの変更
結婚指輪はすべてCADで作っています。
ハワイアンエングレービングだけ自分でCADで彫り風模様と外部に手彫り依頼という2択が選べることになります。
結婚指輪ページに統一感を出すために結婚指輪ページにあった手彫りのハワイアンエングレービングはCADのハワイアンに交換しました。
料金表ページには手彫りも残していますが、これまで注文が少なく、欲しい方はハワイアン彫り専門店に行くと思うので、今後はCADでの彫り風の模様を推していくことにしました。
これまでの手彫りと違い、CADのハワイアンは原型を作るので、ほぼ完成形を事前に3Dデータで見れる事、手彫りのように追加料金もかかりません。
こちらが今回作った彫り風模様指輪サンプルとそのアレンジ例を1枚にまとめた画像です。
今回作ったタガネ彫り風模様リングは作品集のページにまとめて投稿しました。
指輪の名前はEngravish(造語)です。
Fake engraving (偽の彫り)なども考えたのですが、stylish(おしゃれ)や childish(子供っぽい)など、ishをつけると~風/~っぽいという言葉になるので、engraving+ishで engravishにしました。
それから前回の彫り依頼では最初は男性側は凸模様をご希望だったので麦の穂模様だけは彫りの凹と比較できるようにしています。
このEngravish(彫り風)はTOPページのフォトギャラリーにも追加しました。
ここからは今回作った
・ハワイアン模様
・月桂樹模様 2種
・麦の穂模様
・麻の葉模様
・彫り留め
について順番に説明していきます。
彫り留め以外は結婚指輪の模様カテゴリにも新型として追加しています。
1、月桂樹模様①
タガネと呼ばれる刃物で月桂樹の模様を彫った結婚指輪は古くから存在します。
この定番と言える模様を現代のデジタル技法で再現しました。
この月桂樹模様は甲丸リングに本物のタガネで彫ったような溝を付けるだけでなく、手作業では難しい均一性を持たせています。
月桂樹彫りでは組み合わされることが多い、両側のミルグレイン、葉の根本の実も付けるアレンジもお勧めです。
月桂冠(ゲッケイカン)のように中心に宝石を留めて月桂樹模様を左右対称に彫るデザインも定番の一つになっています。
指輪の名前は彫りを意味するLaurel (engrave)/ローレル (エングレーブ)にしました。
2、月桂樹模様②
古くからある月桂樹彫りの指輪に対して、この指輪は現代風に見えるように模様を記号風に簡略化、最小限の彫りで月桂樹ということが伝わるようにしました。
この指輪も宝石を留めるなら左右対称に彫るデザインがおすすめです。
イラストの言葉の語源は「照らす」「明るくする」を意味するラテン語のlustrareから来ています。
そこから転じて「分かりやすくする(もの)」という意なり、印刷物の中で理解を助ける絵本の挿絵や漫画などを指す言葉になりました。
月桂樹のイラストを模様にしたイメージなので指輪の名前はLaurel (illustration)/ローレル (イラストレーション) にしました。
3、麦の穂模様
麦は西洋では聖書にも登場する特別な意味がある植物です。
この麦の穂を風に揺れるイメージでカーブさせ、間隔を空けて並べてました。
宝石を留めるなら画像のように模様を反転させて対称性を持たせるとバランスの良いデザインになります。
この麦の穂は真っすぐなままの膨らみ模様もご用意しています。
指輪の名前はWheat (curved)にして結婚指輪ページのWheatの横に追加しています。
曲げるは英語で
bend : まっすぐな長いものを折り曲げる
twist : ねじる、ひねる
curve : 弧を描くように曲げる
という違いがあるので、曲がったを意味するcurvedを入れました。
4、ハワイアン模様
ハワイアンジュエリーは自然をモチーフにした模様が特徴で、その中から定番のハイビスカスとスクロールを選びました。溝もタガネ彫り風にV字溝にしています。
19世紀はじめから半ば頃にイギリスではメッセージを伝えるセンチメンタルジュエリーが流行しました。 この時代にイギリスのヴィクトリア女王はこのセンチメンタルジュエリーを国賓や親しい人に贈ることがありました。
このセンチメンタルジュエリー受け取ったハワイのリリウオカラニ女王が感銘を受けて、自国でメッセージの入った特注ジュエリーを作ったことが独自の彫り模様が入ったハワイアンジュエリーが生まれたきっかけと言われています。
通常のハワイアンジュエリーはモチーフの輪郭以外にもビッシリ細かい彫りを入れますが、モチーフの輪郭が分かりやすいようにあえて細かい彫り模様は入れずにスッキリさせました。
「ハワイアンジュエリー」をモチーフにした指輪なので名前は「ハワイアン」にしました。
5、麻の葉模様
麻の葉模様(文様)は着物などに使われる日本の伝統的な文様で正六角形を基調とした幾何学柄です。形が麻の葉に似ていることから、この名前が付けられたと言われています。
麻は成長の早く、まっすぐに育つ植物なので、それにあやかって江戸時代には生まれた子供に健やかな成長を願ってこの麻の葉文様の産着を着せることが流行しました。
指輪の幅は3㎜でV字の溝を入れても形か崩れない模様にするので、CADで麻の葉文様を作って3㎜幅の長方形に上手く収まるように縮小しています。
1本では分かりにくいですが、2本を上下に重ねると正六角形が現れて麻の葉文様であることがよりはっきりとわかるようになっています。
指輪の名前はAsanohaにしました。
英語では(Geometric)hemp leaf patternですが、近年はこのAsanohaという言葉としても定着しつつあります。
これまで結婚指輪の模様では定番の桜のような和風のデザインはHPを洋風にしているので雰囲気が合わないと思い避けてきました。
麻の葉文様の指輪はよく見かけますが、正六角形を基調とした幾何学柄模様で一見して和風とはわからないこと、彫りにするのに向いているデザインで他の結婚指輪専門店でもこの模様の指輪があったので当店でも用意することにしました。
6、彫り留め
タガネを使って地金を彫り起こし宝石を留める技法を彫り留めと言います。
CADで原型に彫り起こし模様を付けておくことで通常の彫り留めの半額で石を留めることができます。
模様ではないのですが、6つ目の彫り風サンプルは彫り留め見本にしました。
これまでは板状の見本を作って打ち合わせではお客様は指に乗せて比較できるようにしていました。
この板タイプは実際に使ってみるとイマイチな点もあったので、彫り留めも指輪タイプのほうが 見やすいと思い、サンプルを作り直すことにしました。
これまでは5種類しかなかったのですが、今回の原型で溝を付ける方法なら 他では見ない彫り留めも提案できるということで8パターン作りました。
完成品は1本の指輪に8種類の彫り留めが入っています。
写真の指輪は幅3㎜で宝石は直径1㎜、8種類の彫り留めを金色と銀色でそれぞれ鏡面と艶消しの2種類をご用意しています。
この指輪は結婚指輪サンプルではなく、「石留めについて」のページに追加しています。
今回作った指輪はすべて金色で鏡面仕上げもご用意しています。
まとめ
長くなりましたが、「タガネ彫り風」の模様リングについては以上です。
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